編集志望者の面接をしていて、
何でこの人は編集志望なんだろうなあって思うことがある。

僕が編集をやってる理由は、
情報が人の可能性を広げることを実感しているから。

僕は宮崎の片田舎で高校生まで母一人、子一人で過ごし、
19になってはじめて実家を出た。

全国から集まってきた変わり者たちの多彩な価値観に触れ、
学部の教授の話はもちろん、外部講師の授業も刺激的で、
チープな話、世の中はこんなに広いのかと思い知った。

外部講師の話で、ひとつ印象に強く残っているものがある。

それは「ペンシル」という会社の社長さんの講義で、
プロデューサーになるために何が必要かという話だった。



「プロジェクトにはアート系の担当から開発よりな担当までが分業しており、
アートよりの職種を束ねるアートディレクターと、
開発よりの職種を束ねる開発ディレクターがいる」と。

「アートディレクターになるためには、
出発点がデザイナーならライターの仕事を知っておく必要があるし、
出発点がコーダーならプログラマの仕事を知っておく必要がある。
さらに進んで、プロジェクト全体のディレクションを担当するには、
デザインからプログラムまで幅広く知っておかないと、そこまで行けない」

「そして、プロデューサーにまでなるには、
お金の勘定という、これまでまったく違う勉強をしなければならない」

「みなさんは、アート系の勉強から開発系の勉強までできる環境にいる。
プログラムの勉強なんかしたくない、という人もいるかもしれない。
ただ、仕事の上で担当領域が大きくなれば、いつか勉強する日は来る。
だからプログラムの授業も、アートの授業も必死で受けておきなさい」

なにそれすげーおもしろい。

いま考えると、当たり前っちゃ当たり前な内容なんだけど、
こういう「社会の話」をしてくれる「大人」に触れる機会がなかったので、
すごく世界が開けた感じがしたし、
逆にもっと早くこういう話を聞きたかったと悔しい思いもした。

小さい頃から多角的な情報に触れ続けるのとそうでないのとでは、
おそらく人の可能性に違いが生まれるはず。

いつか大人になってそれなりに偉くなったら、
もっと世界の広さを感じられる情報を、
地方の中高校生に届ける仕事をやってみたいと漠然と思うようになった。

そしてなう。

ネットは当時より考えられないほどに普及し、
情報を共有できるツールも格段に進化した。

地方に情報を届けることは随分とやりやすくなったと思う。

いまそういう仕事を生業にできて、まあ大変な毎日ではあるけれど、
心の底から「おれ、結構たのしいな」と思って編集してる。

なんてねー。
(ブログのネタに困ったあまりに自分の人生切り売りなう)