BRUTUS最新号「小津の入り口。」にやられた。



今年生誕110週年を迎える、名映画監督、小津安二郎の特集号。
BRUTUSの特集は、「年間の流れ」を意識して作られるらしいが、こういうたま~にピンポイントな特集を持ってくるセンスが小憎らしい。

冒頭は両親が小津監督と家族ぐるみのつきあいだったという、俳優・中井貴一の文章から始まる。



病床の小津監督と、まだ幼い彼が一緒に写ったポートレートは、監督の生前最後の写真として知られているとか。
中井貴一の話から、小津監督がいかに「粋」な人物であるかが伝わってくる。

そしてそこからBRUTUSは監督の世界観に包まれていく。



現代のテレビドラマに脈々と受け継がれる小津イズムを見出してみたり、




監督の代名詞「ローアングル」を写真家ホンマタカシが再現するなかで、いかに監督が「美」を意識した撮り方をしていたかということを解き明かしてみたり、




映画に出てくる「食」を通して、その物語を見つめなおしてみたり、




監督の愛用した持ち物や、




映画の世界観を完成させるピースとしての着物の話をしてみたり。
すべてのページから、「粋」という概念がじんわりと染み出してくる。

そして、随所に差し込まれる広告の出現タイミングが秀逸である。




「食」のコーナーからすっとビールの広告につながり、




その流れを保ちながら、スマホで放送中の海外ドラマの広告などもはさみつつ、これ以上続くと広告臭が強くなるくらいのタイミングで、また小津監督の世界観に戻っていく。

このパッケージの強みを最大限に活用した構成に思わず唸ってしまった。

「粋」な世界観に包まれているからこそ、すんなりと入ってくる。これはWEBではできない。

もちろん見た人全員に刺さるわけではないし、そもそも見てくれる人もそう多くはなさそうなマニアックな号である。ただその世界観にハマったとき、広告のコミュニケーションは深くなると思う。

BRUTUSは数カ月前から特集を考えてるというが、「この号は小津で行く。BRUTUS全体で監督の世界観を表現する。その世界観にマッチする広告を獲りにいこう」という会議の声が聞こえてきそうだ。

WEBにはWEBのやり方があるし、BRUTUSのやり方がいかに素晴らしいかって話をしたわけじゃ決してない。
ただ、こういう丁寧な仕事を見ると、最近のWEBコンテンツを嘆きたくなる。

神が宿るディティールにまで意識を尖らせた仕事をしない編集者やライターが、最近あまりに増えてる気がしてならない。

名指しはやめとくけど、きょうも大変残念な記事を見てしまった。短絡的、享楽的なコンテンツばかりを量産して、WEB全体のコンテンツイメージを悪くするようなことはマジでやめてくれって思う。

最近ぬるい記事しか書いてなかったので、あえて過激に振ってみますた。

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