お正月のお笑い番組を楽しみにしてるんですが、実家巡りをしてるとなかなか集中して見ることができなくて悲しいです。肝心のオチが親戚同士の会話でかき消されたりするんですよねえ。

どうも。お笑い好きの明るい家庭を応援している@sakucchiです。

そんななか、どうにかスキを見て番組をチェックしるんですが、最近の漫才を見ててハラハラしてしまうことがあります。

それは「ボケの前提知識」に、世代感で解離が起こってるんじゃないかってこと。

正月のネタ番組に出てくるようなお笑いの人たちって、だいたいがアラフォー世代以上。彼らって結構古いモチーフや例え話を持ってきがちなんですよね。



往年のプロ野球選手の動きでボケたり、キャラクターのモチーフにジャンプ黄金期の漫画キャラを用いたり、歌を使うネタの選曲に昭和の歌謡曲を使ったり。

僕はその度に「このボケって、いまの若い子に伝わんないんじゃないか…?」って思ってしまって、純粋にネタに集中できなくなります。

話は変わります。

先日、Twitterでこういうツイートを見かけました。



そう、いまの若い子にとって、電話は「ガチャン」と切れるものではないのです。こういうディテールで、作り手の思わぬところで立ち止まっちゃうことって案外あるのかもしれないなあ、と。

作り手の立場として、この「前提の格差」とも呼ぶべき状態に気づけないことは非常に怖いです。伝えたいものがベストの状態で伝わらないということですから。

もうひとつあります。25年間研がなくてOKな包丁の広告に携わったときの話です。


担当についた女性からの提案が「研がなくていい」ってことには大して触れてないものでした。

僕は府に落ちなくて、何でこのことを存分に訴求しないの?と聞くと、その答えにはっとさせられました。

「え、だって包丁とか研がなくないですか?切れなくなったら捨てて新しいもの買うし」

最近では簡単に研げるシャープナーもあるし、僕は包丁が切れなくなったらで研ぐものと思い込んでたので、その答えは新鮮でした。

その意見に偏りがないか、念のために嫁を含め、いろんな女性に聞いたところ、「そもそも研がないし切れなくなったら捨てる」って答えが圧倒的多数。これは思いもよらなかった。

結局このときは総合的に考えて、強みである"研がなくていい"ことを訴求するのが一番いいと判断してそうしたのですが、「前提の格差」を意識して、研がない女性にもディテールで違和感がないように作るようにしました。

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長く続けて自信がついてくると、つい受け手のことを「わかってる気」になったり、受け手が「わかってくれるはず」と無意識に思ってしまいがちなので、気をつけたいなと。

今年もよろしくお願いします。